第一次石油危機前後の土地ブームは、その後ピッタリと止まり、地価は高値安定状態に入った。昭和五十年代の後半になると、国土庁の地価公示の全国平均の対前年上昇率は、昭和五十六年九・六%、五十七年七・四%、五十八年四・七%、五十九年三・〇%と鈍化していった。一方で政府財政の赤字状態が続き、土地に対する税金は重税感がますます強くなり、土地所有者には、「土地を手放さずに、有効に遊休地を活用できないか」という経済的要望が強まっていった。
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不動産会社を中核とする民間デベロッパーも、第二次石油危機後の減速経済下において、開発事業が思うように進まなかった。用地取得費や金利負担などが増大し、一方で、住宅の戸数がほぼ満たされてきたため、マイホームやマンションの売れゆきも思わしくなかった。とくに、サラリーマン家庭では、日本経済の鈍化で、給料のベースアップが低くなり、一方で所得税の減税が見送られるため、「多額の借金をしてマイホームを持つより、ライフサイクルに応じて家を借りる方が得」との考え方が広がり、マイホームの新築件数は横ばいを続けていた。